ニュース&コラム ( スポーツ・運動 )

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2017年8月24日(木)

【剣道日誌】昇段

夏の六・七段昇段審査会が終了した。同じ連盟で長く稽古をともにする先生69歳が、十数年の挑戦で六段に見事昇段され、その努力に感動した。

 
剣道の段位は初段から十段まであるが、現在八段位が最高である。よく「試合に勝ち、強ければよいのか」とか「名誉で昇段できるのではないか」と聞かれるが、そうではない。簡略に述べると「お相手を攻め、打つべき機会を作り、そして正しく打てたか」である。偶然にあたっても、無理に打っても評価されない。特に六段以上は全国審査となるために相当なレベルとなる。受有者は力やスピードだけではない真の強さがある。

 

翌年から七段への挑戦が始まる。誰しも受審するからには受かりたいのだが、正しく打つにはこの感情を捨てることかもしれない。

Y先生おめでとうございます!


2015年6月2日(火)

【剣道日誌】第16回世界大会観戦

IMG_0307 5月29日(金)~5月31日(日)は日本武道館において第16回剣道世界大会が開かれた。18年ぶりの剣道の聖地日本武道館での開催ということもあり、プロモーションも功を奏したようで、最終日チケットは完売。大会記念グッズ販売コーナーも早朝より長蛇の列だった。武道館がある北の丸公園田安門をくぐると、駐車場に設えられた臨時の稽古場から外国なまりの「イチ ニー サン」が聞こえ、世界の文化が花開いていることを感じさせてくれた。おまけに期間中、トルコチーム応援団とも稽古ができた。平和に感謝。

 

 試合は、環境やレベルの差はあるものの一本への執念を感じ、所作も立派な国が多く感動した。決勝の日韓戦では、両国とも勝ちへの執念がすさまじく、競技(スポーツ)としての側面が強いものだった。剣道を知らないカミさんは気迫が伝わりとてもおもしろく、勝ててよかったと興奮していた。素直な感想だが、本来の理合いある剣道からは、後味が少し悪い。また、反則と思われる鍔迫り合いが多かったことは、試合を演出すべき審判に物足りなさを感じた。

 

 マスコミの記事は競技面を捉えたものが多かった。日本の文化である剣道に世界の人々が挑むことは、誇らしく思うが、一歩すすめて剣道の教養的文化的側面を取り上げていただきたかった。剣道の国際化を取り上げた記事もあったが、本来の剣道を忘れた国際化はありえない。閉会式における世界剣道連盟会長のオリンピックゲームへの参加呼びかけに、拍手がまばらだったことは観戦者の多くが、同じように感じているのかもしれない。世界で近代における合理的なものや経済的成功などの価値を乗り越えるものとして禅や武道を捉え、取り組む魅力のひとつになっているとするなら剣道はこれからも武道でありたい。最後に、韓国選手の「場外反則」場面におきた拍手の多くがお相手への励ましであったことを願う。

 


2015年2月2日(月)

【剣道日誌】冬の稽古が続く

 1月睦月が終わり2月如月。1月はお正月で気が緩むところ10回の稽古ができた。

 先週金曜日の稽古終了後、H先生より「真っ直ぐに打てている。どういうところを心がけているか。」と聞かれた。

I師匠より今年の課題とされた「左を使う」動作の一環としての次のことを実践している。

1.構えの状態で左ひざを相手に向けること。

2.左拳から起こり、真っ直ぐ出すこと。

3.左拳が起こった後、その下へ身体が行く気持ちで、足腰を出すこと。

 不思議と打突の後、右へ身体が流れずにいる(=真っ直ぐに打てている)。

 

 日中の日差しに春を少し感じるようになったが、裸足には冬の稽古はまだまだつらい。


2014年11月28日(金)

【剣道日誌】剣道と高倉健さん

 不世出の俳優、高倉健さんが亡くなった。今週の週刊誌はその話題で持ちきりのようだ。少し遅れた世代だが、60年代後半学生運動が盛んだった頃、健さんの仁侠映画は学生達で満席だったと聞く。仁侠映画と学生運動は不思議な取り合わせだが、義理や大儀のために死地に赴く健さんの姿が自身とダブっていたのかもしれない。

 

 高倉健さんは遠賀川沿いの中間市出身である。この流域で暮らす人々を昔から川筋気質とか川筋モンと言う。代表作「花と龍」はそこで暮らす人々の生ざまを描いた名作である。この映画での健さんの方言は地元そのものだ。セリフだけでも聴いてみる価値がある。また彼は東築高校OBでもある。高校は明治31年飯塚で旧制中学として開校し、翌年に現在の八幡西区折尾へ移転する。地図を辿ると、飯塚から遠賀川を下り現在の地に移ったことになる。当時、筑豊の石炭が遠賀川を下り日本の近代を支えた歴史と流れがそこで育った健さんとだぶる。丁度、健さんと川筋気質に関するコラム(11/20付北海道新聞ウェブ)を見つけた。http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/575477.html?rss 

 

 健さんと剣道は知る限りでは「ブラックレイン」である。松本刑事役の健さんが、稽古後マイケルダグラス扮するNY市警刑事ニックの持つ竹刀を払い、首を抑えるシーンは印象的である。静と動、この監督が作る独特の曇った画面から剣道を象徴とした日本の異文化を覗かせる。マイケルダグラスが健さんを突き飛ばすシーンから、異文化を理解できずにいる米国人の心を想像できる。健さんの着装は少し面が浮いているかなと思う以外、高段者に見間違える程に決まっている。 

 

人気スターが亡くなると、その方を通して自分を振り返ると言うが、健さんはより多くの人たちを振り返させているはず。ご冥福をお祈りいたします。

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2014年10月28日(火)

【剣道日誌】気勢

 先週の土曜日は娘の志望校の説明見学会に出向いた。「OBは現役の将来のモデルです。」という言葉に伝統校の自信と誇りを強く感じた。授業・施設見学後、午後は部活動見学。もちろん剣道部へ赴き、あつかましく稽古をいただいた。本人は久しぶりに竹刀を握り、かつ高校生の稽古にあごを出しながらも、最後は先生の指導稽古までいただき満足そうだった。

 約2時間。稽古を拝見した。メニューは決して楽なものではないのに個々人の集中力のすごさに驚いた。先生のお話によると、目標とそれを実現するためのメニューを生徒と共に考え、本人達が「やる」と決めて取り組んでいるそうだ。出頭技の指導で「気勢を持って、かかれ!」の一声に、全員の気勢が見学者にまで伝わってきた。

 決めたことをやり通すには、どんなことでも大変である。進学校でもあるため勉学もがんばるので、短い時間の間に成果を出すことは容易ではないはずだ。集中し主体的に物事に取り組んでいく大切さを教える教育と答えようとする生徒達の姿に学んだ。午後は娘の合否をすっかり忘れた見学会だった。娘よ、合格したければあと4ヶ月気勢をもってやれ!


2014年7月11日(金)

【剣道日誌】残心と思いやり

 NZ出身のアレキサンダー・ベネット七段。いつも気になる剣道家である。先日、故郷からの帰り、機内の画面に目をやると彼の姿があり、思わずレシーバーをつけた。「IZA・NOWもうひとつのニッポン」という番組だったと思う、残心の意味することを深く語る彼が印象に残った。

 剣道は当たっただけでは一本とならず、気剣体がひとつになって初めて一本となる。残心のない打ちは一本とはならない。残心とは打ちきった後、身構えと共に心を許さず、相手に向かうことである。この所作を彼は特に「相手への思いやり」と捉え、日本が世界に発信すべき思想だとも語っていた。

 確かに、残す心は「もう一本行くぞ。さぁ来なさい。」という積極的な心なのだが、同時に相手を思いやる心があるからこそ文化としての剣道がある。残心=思いやりがあるときに、心は彼我とその空間に残り、感動となる。空の上で海外の剣道家から学んだ。


2014年6月23日(月)

【剣道日誌】最後の大会

 この季節、部活動を締め括る大会が各地で行われる。当剣道部も三年生に取って最後の大会となった。結果は男子団体リーグ戦落ち。個人は全員敗退。女子はリーグを勝ちあがりベスト8。内容も1-2の善戦。個人は一人が県大会出場をかけた敗者復活戦まで臨み惜敗。

この三年生は経験者が男女一人ずつしかおらず、一年生から見てきたこともあり思い入れがある。終わって、ほとんどが涙顔になってしまった。中学生にとり人生のほんのひとつの出来事だが、この経験が生きる力になってくれたならと祈る。みんな三年間よくやってきました。

 さあ、期末試験明けから、新チームで来年を目指そう。


2014年5月16日(金)

【剣道日誌】作業と学習は違う?

 子供も中学三年生となり、6月最後の中学総合体育大会へ向けて稽古に力が入る。また、中三ともなると受験が気になり始めたようで、塾に通ったことがない本人も自分の実力に気付き「塾に行く」と言い出した。中学生になると、勉強も剣道も自ら取り組んでこそ価値があると教えているので、自ら決めたのであれば応援しよう。

 そこで今の塾を少しでも知ろうと、HPをいくつか覗いたら「時間をかけている割に学習成果が上がらない子供は学習がただの作業になっている。」と書いてあった。なるほど、作業は作業であって「問題を解く」等の「考えること」ではないのだ。

 剣道の稽古、特に反復を大切にしている基本稽古が作業に陥ってないか考えさせられた。より身につく稽古のために「考え工夫しつつの繰り返し」を指導することは難しい。入塾し教わりたい気持ちである。


2014年5月1日(木)

【剣道日誌】新入生

 今年も連休の狭間である。暦通りの営業だが、電話が極端に少ない。こんなときだからこそ、普段やれていない整理等をやろうと思う凡人だが、なかなかうまくいかない。そうそう普段全くやれていないことのひとつHPの更新も大切なこと。先ほど、学校団体のニュースをアップした。
 この時期「未だ加入できますか」のお問合せが多く、お客様への情報提供がなっていないことを反省しつつのアップだった。

 今年の稽古は先週日曜日の埼玉県西部地区講習会で44回目。120分の44=約3日に一回は面を付けていることになる。そして今月は指導する中学校も新入生を迎え、男女合わせて12名の新入部員が加入すると聞いてうれしい限りだ。
 昨今の中学部活事情はサッカーが一番人気でバスケットや野球が続くそうだ。これら人気の部活と比べ新一年生は何を期待してくれているのか、指導者としては責任重大だ。

 スポーツの効用に「競技を楽しむ」「心身の健康を維持し高める」「文化を体現する」等があると思うが、剣道にはさらに「自己と向き合い磨く」という面がある。もしかしたらここが、剣道がスポーツではなく武道たる所以かもしれない。
 中学生には少し難しいかもしれないが、返事・あいさつ・靴を揃えることや所作をできるようになることでそんなことも少し感じ育ってくれたらと願う。


2013年6月20日(木)

【剣道日誌】心の持ちよう

 今年も全国中学生剣道大会の予選が各地で始まった。小江戸と呼ばれる川越も3日間の日程が無事終了し栄光に輝く者、悔しさに包まれる者、悲喜こもごもの戦いだった。団体、個人ともに出場した娘はこんどこそという思いだったが、あえなく団体はリーグ落ち、個人は1回戦敗退。剣道は勝負だけではないと思いながらも、娘の不甲斐なさに嘆いてしまう。

 試合で力を出し切れない生徒は特に緊張が度を超して「あがってしまう」ようである。少しの緊張はよい結果をもたらすと信じているのだが、あがってしまうとどうしようもない。声をかけても上の空、自分が自分でなくなっていくようだ。意気込みすぎて力が入ってしまう者、緊張どころか逆に緩みっぱなしの者。昔、本木雅弘が主演した「シコふんじゃった」というダメダメ大学相撲部の映画を思い出す。

 剣道には驚・懼・疑・惑という心の動きに支配されてはならない「四戒」という教えがある。これらの思いが特に大舞台で湧き上がってくるのが自然だとすると、湧き上がってくる恐怖や惑いなどを心に留めないことが大切に思う。剣道は技だけではなく心の動きに大きく左右されるために生徒たちに「心の持ちよう」をどのように伝えればよいか、来年に向けての課題である。