私用があり、小倉へ向かった。
ふるさとの飯塚に一泊し、翌日、筑豊線に乗って折尾駅で鹿児島本線に乗り換えるルートをとった。
筑豊線の車窓からは、遠賀川の流れに沿って電車がゆっくりと進んでいく。かつてこの川沿いには石炭を積んだ貨車が走り、近代日本の発展を支えていたという。その歴史に思いを馳せながら、静かに揺れる車内でひとときの時を過ごした。
折尾での乗り換えは、かつては少し緊張する場面だったが、駅舎が新しくなり、乗り継ぎもしやすくなっていて旅人にはありがたい。無事に鹿児島本線のホームへたどり着き、やがてやってきた電車に乗り込む。目指すは小倉だ。
八幡の工業地帯から都市の風景が少しずつ近づくにつれ、心も自然と浮き立ってくる。戸畑駅を過ぎたあたりで、久しぶりに見た若戸大橋の赤い姿に、懐かしさが胸をよぎった。
小倉駅に降り立つと、どこか懐かしく、それでいて新鮮な空気に包まれた。駅前の賑わい、行き交う人々の足取り、そして漂ってくるかしわうどんの香り──その一つひとつが、街の息づかいとして胸に響いてくる。
ホテルへ向かう途中、まずは名物の「焼うどん」を食べることにした。戦後、物資が乏しかった時代に、うどんを焼いて提供したのが始まりだという。今では小倉を代表するソウルフードとなっている。
駅近くの老舗食堂に入り、鉄板の上で香ばしく焼かれたうどんが、生卵のトッピングを乗せて食欲をそそる香りとともに運ばれてきた。ひと口食べると、濃いめのソースともちもちした麺の食感が絶妙で、どこか懐かしさを感じさせる味わいだった。
腹ごしらえを終えた後に向かったのは、松本清張記念館。静かな佇まいの中に、作家の息吹が今も生きている。展示室を巡りながら、その鋭い筆致や、社会の闇に切り込んだまなざしに圧倒された。地元の空気を肌で知っていたからこそ生まれた感性に、深く心を打たれる。
翌日の帰京は福岡空港からのフライト。小倉からは特急「ソニック」で博多へ向かった。
青い車体が印象的なこの列車は、車内の内装もどこかヨーロッパを思わせる洒落たデザインで、木目のパネルや落ち着いた照明が、単なる移動ではない、旅の余韻を静かに深めてくれる。
車窓から眺める海岸線や街の風景──それら一つひとつが心に染み入り、今回の旅が確かに記憶に残るものになったと実感した。
小倉の町並み、遠賀川の流れ、焼うどんの味、松本清張のことば──
それら一つひとつが、筑豊で育った私の中で、新しい意味を持ち始めているような気がしている。